2018.2.6(火)
私の黒歴史・・・(コンプレックスが引き起こす悲劇)
結構、人生波乱万丈な私
私の黒歴史は
お客様にも、友人にも言うてるし
100人くらいのセミナーで、スライドにして堂々と出してるから
ブログにも書いてたと思ってんけど
この件は書いてなかったんかな?
いや、そんな書いてないからって書かなきゃいけない訳でもないけど
ま、書きましゅ
16歳年上の彼からDVを受けて夜逃げ!
自分に自信がないし
コンプレックスの塊やった若かりし頃・・・
今、当時の写真を見たら、
そんなに太ってない(笑)
(おお!鎖骨があるっっ)
でも、息をしてもあかんっっ
って、思うほど太ってることにコンプレックスがあったんよ
(今、思って欲しい!と言う言葉は却下!(笑)
コンプレックスが引き起こす数々の悲劇の一つに
自分が好きな人に「好き」
と、言えず
(断られたら生きていけないから)
なんとも思ってなくても
「好き」とか「付き合って」と言われると
ホイホイついて行ってしまう・・・というトホホな私・・・💧
22歳の私はちょうど、3年同棲してた彼と別れた後で
ほんまに、人生で初の一人暮らしになった時やって
別れた彼に愛情はなくなってたのに
無性に!無性に寂しくなってた時期やった
その時に、知り合った
近所のタクシー運転手のおっちゃん(当時38歳)が
まあ、優しい!めちゃくちゃ優しい!
すんごい、優しい!!
大人やから、めちゃくちゃ魅力的に感じてしまってんなぁ
んで、コロッと好きになって
付き合い始めて半年は
めちゃくちゃ、幸せやったぁぁ💕💕
愛されるってこんなに幸福な気持ちになれるんやぁぁ😍
ってな感じで
一人でいる時もにやけてしまうほど
あの時、彼に
俺のために死んでくれ
と言われたら
喜んで〜〜〜っ!
と、なんの躊躇もなく命を彼に捧げられたほどっっ
それっくらいの幸福感やった。
だから、借金してきてくれって頼まれた時も
喜んで〜〜〜〜っ!
病気やね。病気・・・
幸福感は良いんやけどさ
ほんと、恋の病ってあるんやな〜〜
って、後でしみじみ思った(笑)
そんな幸せな半年間が過ぎたら
いきなりの手のひら返し!
暴力三昧な日々が始まった
最初は、この日だけに違いない・・・と思ったけど
いや〜〜
毎日やったね〜〜
青あざの無い日が無い!
『げんこつ』で顔を殴ってくるねん_| ̄|○
チタンの釣竿をムチみたいにしてシバかれるしなぁ
そっからは、恐怖で彼のいうことを聞く・・・という感じ
もう、愛情なんて微塵も感じない
アドレス帳を取り上げられてしまったもんで
私が言うことを聞かなければ
お前の姉ちゃんの旦那、仕事できへんようにしたろうか?
とか
お前を殺しても、俺は10年もしたらシャバに出てこられる。俺の人生は続くけどお前の人生はここで終わりやぞ
と、脅されてた。(実際に殺人未遂の前科があったから、この脅しはかなり信憑性があった)
私、自分が死ぬことも恐怖っちゃあ恐怖やったけど
我が子を3人も失ってる母親のことを考えると
私が死んだら、また母を泣かせてしまう・・・
と、そっちの方が辛くてな
殺されないように息を潜めてた。
友人・知人・家人に至るまで
私の周りの人たちに対しての脅しを私にしてくるから
もう、みんなに迷惑かけたくない!
っちゅう、気持ちで
彼の機嫌を損ねないように必死っ
どんどん、軟禁状態になってしまって
休日は自宅のマンションから一歩も外に出られなくなってしまってん・・・
彼が一緒の時と
彼に友人を紹介して、出かける前に許可をとれた時だけ
1時間くらいの外出が可能やった。
彼の機嫌を伺ってはいるけど、それでも暴力は毎日続く
少しでも帰りが遅いと職場まで電話してくる・・・っちゅう徹底ぶり
さらに、妊娠してしまい、苦悩の毎日
彼にバレないように必死!!
バレたら絶対に「産め」って言われる
もう、逃げることもできなくて、
私は一生彼の奴隷や・・・人形みたいに過ごさなくちゃいけない・・・
とね
いや〜
この私が、当時はくすっとも笑わなかった・・・ってか笑える心境じゃなかった。
結局、流産してしまったんやけど
ホッとした自分を、また責める・・・っちゅう
負のスパイラルにどっぷりハマってた
そんなある時、友達と一緒にお出かけすることを許可もらって
買い物に行った時
たまたま入った雑貨?おもちゃ屋?で
私の田舎の「錦帯橋」のジグソーパズルを見かけてな
(毎日見ながら高校に通っててん) ↑ネットより拝借
思わず
「帰る・・・」
と呟いて、泣き始めてしまった
で、この時に心が決まったんやな
逃げよう!
と
そっから、勤務してた病院に1ヶ月後に辞めます
と、辞表を出し
夜逃げできる業者を探し
彼の前では普段通りにしている・・・
という、いわば
騙して過ごす1ヶ月が始まった。
彼は2度の離婚歴があり、同居してる娘が3人。
めっちゃ懐かれてたんやけど
その子たちも騙して過ごさなあかんかった。
順調にバレることなく過ごしてたんやけど
夜逃げ決行2日前
準夜が終わって帰宅すると、彼がやってきた。
2人でテレビを見てた時に
電話が鳴った
出てみると、夜逃げの業者さんやった
内容は・・・
荷造り用のダンボールは要りますか?
やって、
いいえ、大丈夫です。要りません。
と、電話を切った瞬間
私の目の前には包丁を持った彼が立ってて
今の電話誰やねん!!
こんな時間(23時)にかけてくるのは男やろぉぉぉ!!
と、怒鳴り散らし
電話を包丁でバッキバキに壊した
そっから殴られ、蹴られ
包丁を突きつけられ・・・
で、仕方なく白状してん
「逃げようと思った」
と・・・
すると、胸ぐら掴まれて包丁を振り下ろしてきたんで
殺されるっ!と思った瞬間、心の中に浮かんだ言葉は
「お母さんごめんっっ!」
やった。
包丁を振り下ろされたはずやのに、なんの刺激もなくて
え?と思ったら
服の方を上から下まで包丁で裂かれただけでな
殺されてなかってん
その後、朝まで暴力が続き
親と約束したんなら一旦帰れ!
そのかわり週一で大阪に来いよ!
と、
『週末は大阪に来ます。』
と言う念書を書かされ
彼は自宅に帰って行った。
その後、近所の派出所に相談
民事不介入・・・で被害届がないと何もできない。と言われ
被害届を出すには、診断書が必要やから
訴えるにしても、訴えないにしても
とりあえず、診断書だけはもらっておきなさい
と、病院に行って診断書を作成してもらい
恐怖すぎて、自分の部屋に1人で戻れず
一旦、大阪に住んでる叔母に事情を説明して一泊だけ避難し
翌朝戻って、夜逃げのための荷造りをし
その日の、深夜2時に大阪を出発した。
朝7時に岩国に到着
荷物は、当時のJRのコンテナを2週間だけ借りて
そこに荷物を預け
面接するためのスーツ1着と、普段着2着だけを持って
実家に帰ることができましたとさ。
真っ先に、警察に相談に行ったんやけど
やっぱり、
「何かあったら電話してください」
と、言われただけやった(ま、そんなもんやし、仕方ない)
その後、彼からは毎日実家に電話があったけど
一切、私は出ず
母親が対応してくれた。
どんな話をしたのか、私には分からないけど
1週間くらいしたら、電話もかかってこなくなった。
ので、私が週末に大阪に行かなくても
怒り狂って、追っかけてくることはなかった
・・・・・・・・・・
この、彼とはこれで縁が切れたけど
彼の名前を耳にするといまだに
ビクっ!!
とする自分がいる。
背格好の似た人を見かけても
ちょっとビビる。
一番しんどいのは、男性の怒鳴り声が聞こえると
ほんま、いまだに・・・
いまだに、ちょっと思考も行動もフリーズする。
ま、そんだけ恐怖やったんやな〜。
でも、なんにせよ、生きててよかったよ。
その後
『死にたい』
と、何度も思う経験したけど
それでも、生きててよかったわ。
と、今言えてることが
すごい、幸せやな〜
と、思う。
こんな話、別に面白くもなんともないけど
もし、今、不幸の真っ只中にいる人が読んでたら
知っておいて欲しいんよ。
その不幸は、ずっと続くわけじゃない!
ってことを。
真っ只中だと、永遠に続くように感じるんやけど
それでも、真実は
続かない!!
だからねっ。
そして、これが一番重要やねんけど
それを決めるのは
自分自身
ってことを知ってて欲しいねん
がんじがらめになってて、身動きできないと感じてるのは
100も承知で断言する!
不幸なままでいることも
そこから抜け出して、幸せな人生を歩むのも
自分の選択次第だ
ってことをね。
おぉぉ
めっちゃ超長文、読んでくださって感謝します。
さ!今日も素敵な「今」を過ごしましょね〜
「今」を紡いで人生が織り上がるんだよ。
素敵な「今」を散りばめたら
キラキラな人生の織物が出来上がるって想像できるやろ?
私の場合、暗黒時代も散りばめられてるけどね
でもだからこそ、それはキラキラをもっと強調させてんねん。
せやから、今、不幸な人は
幸せになった時、めっちゃ幸せやで!
めっちゃ幸せを感じるために今の不幸があると言っても過言ではないくらいよ〜
というわけで、本当に終わりにします。
ではでは〜(^^)/