全ての『死』は既に決まっていて『寿命』である(個人的見解)

気がつけばもう5月も末日・・・・(–;)

なんだろう

日に日に、時間の流れが早くなる💦

あんなに、1日も早く10歳になりたかった9歳の頃が懐かしい(笑)

ところで

去年から新コロちゃんのおかげで

多くの人が『命』とか『人生』とか『死』について

考える機会が増えたのでは?

と、思う(やたらに不安や恐怖に陥るのはダメだけどね)

もし、そんな機会が増えたなら

それは良いことだな〜(^^)と、思うのね。

なんでかっていうと

今の日本で、自分の人生とか、命に向き合う機会ってあんまりないんやな

と、感じていたから

ぼ〜〜〜〜っとしたまま

なんとな〜く生きていけちゃう日本

ある意味では良いことやけど

ある意味では残念_| ̄|○

私は、看護師資格を取得した後

すぐに勤務したのが救命救急センターだったこともあり

日常の中に起きる突然の「死」と対面することから

その後の17年間にわたる看護師人生が始まった。

日々、事故、自殺、病気で運び込まれて他界していく患者さんたちを

看取ることになったんやけど

その中で、生まれた疑問が

【なんで?】

だった。

というのも

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*電車への飛び込み自殺を図った人が
ポーンと弾き飛ばされてただの単純骨折で運び込まれた

*手首や頸部、腹部、鼠蹊部と大きな血管があるところを切って自殺を図った40代女性。
計測できただけで10リットル以上の出血(さらに自宅の6畳間が血の海だったと)
運び込まれた時はもう血圧は測定不能で脈も取れないくらいの状態。
エホバの商人の信者さんであったため輸血はNG
しかし、ご主人が信者ではなかったため輸血をすることができて救命

*自宅に放火して、助かる見込みはないほどの全身熱傷で運び込まれた50歳女性。
両足を膝から切断。大臀筋も切除した。
誰もが救命は無理だと思ったがその後、奇跡的に救命でき退院。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*屋外の物置小屋の屋根の上に上がっていたが、トタン屋根が抜けてしまい地面に落下。脳挫傷がひどくその後脳死となった21歳の男性

*夏休みに部活で登校途中の17歳女性
信号を渡っているときに、坂道に駐車されていた大型トラックが落ちてきて激突。見た目は無傷だったが、大動脈が破裂していて死亡

*阪大医学部に入学したばかりの19歳男性
入りたての柔道部で受け身に失敗して脳死

******************

死にたい人が死ねなくて

生きたい人が死んでしまう

という現実を、毎日のように目にするようになって

頭がパニック!

なんで?

なんで、今日のあの患者さんは死ななきゃいけなかったの?

なんで?

なんで、絶対に死ぬだろうと思われている人が死ねないの?

なんで?

教えておじいさーーーーん!!神様ーーーーーっっ!

なんでーーーーー?

理性で考えても、ちっとも割り切れない。

割り切れないけど、目の前で繰り広げられているこれが現実だ

すると、次第に

死ぬことを許してもらえない人がいるのか・・・

なんて、思うようになった。

そして、次第に

これは・・・・決まってるんじゃないか?

と、感じるようになった。

どんな状況であれ訪れた『死』は

すでに決まっていて

事故だろうが、自死であろうが

全ての『死』は

その人にとっての

『寿命』

なのだ。

と、感じるようになった。

これが私の『死生観』の大元になっている

救急救命センターという、ある意味特殊な職場からの

社会人スタートした私。

人は、思わぬことで

思わぬ時に死んでしまうもんだ・・・

だから、悔いのない時間を過ごすことに意義がある

と、思うようになった。

頑張るのも、楽しむのも、ダラダラするのも良いねん(そもそも怠け者な私😅)

後悔のないように・・・・

私含めて

世界中の人が、悔いのない人生を歩むと良いな〜。

と、ほんとにそう思う。

「死」という「終わりの時」があるからこそ

「命」が煌めく

とも思うのでね。

私は、不老不死は望まない。

あの世に行けば、会いたいと願っている

姉ちゃんや、おとんに会えるやろう。

それも、また楽しみだったりするんよね。

こちらにいてもハッピー💓

あちらに行ってもハッピー💓

を、実現すべく

日々、楽しくお客様の身体と心を磨くのだす*\(^o^)/*

長くなりましたが、そんな感じで

みんなが素敵な「今」過ごしていたらいいなぁ

と、思う5月の末日でした。

 

 

 

 

 

 

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